大野小高一   中村 よしえ

 二番目の兄は小さい時から、大そうきかない子供であつたそうですが、ころんだのが元で、一本足の片輪〔かたわ〕になりました。それで、「おれば(を)、どうして片輪にしたば(のか)。どこさでも行くして(どこにでも行くから)、銭〔ぜに〕けせ(くれ)」などといって母にかかる(つっかかる)こともあります。十二日は又○〔またしろ〕の田植でした晩、父が「東京あたりさ行っても辛抱して、銭使かわねようにしねばわかねど」と言っていたので、私は、市兄〔いちあに〕、東京へ行くだろうかと思ったが、そのまま寝た。次の日、家内のもの、皆田植に行きました。市は十一時頃、ふとんを枕に、何か読んでいたが、間もなく祖母に「ばばちゃん、体大切にしせ(しなさい)そして子さ、わらびなんて取ってけせ(おくれ)の、おれ、は(もう)、行くんだぇ」と言った。祖母は「おや、銭もらった?」と言うと、「これ」と言って、財布をあけて見せた。「おや」と祖母はびっくりしたような顔をして「なんぼな」というと、「三百円せ」といって喜んだような顔つきでいた。祖母は「末〔すえ〕、兵隊に行くとき何にも気にしなかったが、これ行くてば心配でなねね(ならね)。どうして片輪だもの、どこさいっても、何かせるものであるめし(何一つできるものでもないし)、末だら、どこさ行っても体てば悪くねし(ないし)、自分で働けば、なんでもできるもんだも。これ行てば、何だか気持ち悪ねなあ」と、私に言って、涙をふいていた。私も思うと、ひとりでに涙が出て恥ずかしかった。
 昼頃、田植に行っていた母に、妹を乳を飲ませに行って、置いてくると、兄と一ス〔いちす〕の幸三さんと何か話していた私は一人でご飯を食べて、妹を迎えに行った。母は妹をおぶって来た。そうして「市、行った?」と私に聞いたので「まだいだぇ」と言った。兄は裏の方に出た時、ちょうど母が出て来た時であったが、兄は何思ったのか、おいおい泣いていた。母は何か聞いていた。私はそれを見るとこらえきれないで奥に入って、布団をかぶって泣いた。
 妹のくに子は何も知らず、家の中を走り回っていた。そのうちに、「くに子、さよなら」と兄が言う声がした。 妹も「あえな(さようなら)」と言った。私はもう兄も行ったのだと思うと、また涙が出てならなかった。次の朝、私が起きると、母が「市、むったり(いっつも)朝起きれば、ぼつぼつと杖をついて、裏の方に行ったどもな(けれどもな)」と言って、末の妹に「市どした」と聞くと、妹は「ずっと(とおいところ)・・・・・」。「なんて言った」と聞くと「あえなて(さよなれて)」と言いました。
大正十五年二月号


■ことばの意味
【片輪】源氏物語でも使用されている古い言葉で、体が肉体的に欠損や不具合があることやそのような人を指す。



■綴方選評 鈴木三重吉
 この作品は事実にも叙写にも、あふれている、すべての純朴さに引きつけられる、しんみりとした作です。兄さんは、お金をかなりもらって、東京へ行ったというだけでくわしいことが書いてありませんが、東京のどこをあてに出てきたのでしょう。そのこと自身が何よりも哀感と不安を誘います。
 叙写の中では、兄さんが裏へ出ておいおい泣いていたというところや、しまいの方で、お婆さんが「市、むったり、朝起きれば、ぼつぼつと杖をついて、裏の方に行ったどもなあ」と回想されたりするところなぞは、しみじみあわれです。


 作品集ページに戻る