馬鹿あんこ
大野小尋六   田山 みつ

 夏の丁度夜明け頃であった。私が寝ていると、母が「み、あら。馬鹿行ったあら。早く起きてみろ」と言ったので、もっくり起きて出てみたら、腰に長いひもをつけて、その端にミルクかんを二つ結んで、カンカラカンカラと引いて行く若者があった。私はもっと早く出てみればよかったと思いながらもまた来るだろうと思っていた。
 その次の日。又かんを引っ張って、今度はカバンをさげて来た。私は「ああ、来た来た」と言って後をついて行ったら、下駄屋の横のところまで行くと、かんは川の中へ落としてしまった。馬鹿は、しばらく川の中をぼんやり見ていたが、かんを川に入れたまんま上の方へ引っ張った。けれども、かんは何かに引っかかってあがらなかった。今度は川に手を入れて引っ張ってあげた。そしてかんを引っ張って行こうとすると、かんは前のようにカラカラとならないばかりか少しも動かない。すると馬鹿はかんを足でふみつぶしてしまった。そして大川に持ってきて投げてしまった。そして大川のふちに立って、カバンから本を出して二三枚むさいで(ひきさいで)しまった。そして腰にさしてあった団扇(うちわ)も破ってしまった。そして又ぼんやり立って、「ただうんただうん」とうなっていました。
 少しすると何を思ったのか、急に夢中になって走った。又下駄屋のところに立ってぼんやり川を見ていた。今度はふらりふらりとこっちへ歩いて来て、べったり(どかりと)石の上に腰を下して、雑記帳と鉛筆を出して何か書いていた。人はだんだん集まって来た。北海道とか日本とか。なもあむだぶつ(南無阿弥陀仏)とか書いていました。それからカバンから何かを出して「これふくめん」と言って私に出したので、私は手に取ってみるとふくめんをした武士の写真であった。「お前、何年生だ」というと「二年生」と言った。馬鹿は「かんかんはもうこれで第1巻の終わりであります」と言って、大野の方へ行ったら、吉村のお母さんが「これシャッポけるしけぁ(帽子あげるから)、かぶさい(かぶりなさい)。雨降ってきた、これ」と言ったから馬鹿は恥ずかしそうに貰った帽子で顔をかくした。吉村のお母さんが「なにして、おめぇ、かん引っ張ってあるくんだ」と言ったら「さむし(さみしい)」と言った。後ろで男性が石を投げたら、「えやだえやだ」と言って走って行った。



■綴方選評 鈴木三重吉
 田山みつ子さんの「馬鹿あんこ」では、あれだけ、馬鹿のことを終始かきつけていながら、その子の容貌や、見かけなぞが、ちっとも浮かんでこないのが物足りません。しかし、ともかく、その馬鹿のする、すべての仕草は一見滑稽のようで、しみじみと人間的なあわれさが出ています。馬鹿そのものの風貌が、もっと、くっきりと出ていたら十分推奨になるあたいがあるのです。それでは、どう書いたらそれがはっきりするかと聞かれるかもしれません。それは作家なみの技巧としては、いろいろの方法あげることができますが、児童の綴り方には、そんな巧緻はいりません。偶然ひとりでに活用できれば幸いだし、出なければ出ないでやむを得ないまでの話です。子どもは理屈なしに、見たままを、どんどん書けばいいのです。
※原文のまま掲載しております。

 作品集ページに戻る