妹の靴(くつ)
大野小高一   寺田 ちよ


 この頃、長靴が大流行になって、大抵(たいてい)の人は長靴をはいて歩いているので、妹がちょこちょこ外へ出て行ってはすぐ帰って来て戸を開けながら、母に「長靴買ってくれ、買ってくれ」と何べんもはたる(ねだる)ので、母は「もう少し経って函館に行って買ってくれるから」と言うと、また外へ出た。それからは寝ても起きても「買ってくれ」としきりにはたった。
 或(ある)朝も早くから起きて、はたっている所へ父が起きて来たら、こんどは父に「買ってくれ、買ってくれ」と言った。父はあんまりきかないので、「長靴も何も買ってけない(買ってあげない)」と、わざと言ったら、妹はぷんぷん怒って、朝飯(あさめし)も食べないであった。ご飯(はん)を食べてしまって、後(あと)をしまっていたら、父は私に「後をしまったら、花子に長靴を買って来てやれ」と五円札を渡した。そばでそれを聞いていた花子は、今まで怒って口を尖(とが)らせて下を向いてあったが、急に顔を上げて笑い出した。そして、「早く後をしまえ、しまえ」と、私のしまうのを急がせた。
 間もなく後をしまって、妹と二人で買いに出掛けた。私は妹に「もし桜庭の店になかったら、遠くてもカネサまで行くべ(行こう)」と言ったら、「カネサて学校の隣だべ(だろう)」と言いながら桜庭の店に着いたが、靴がなかったからカネサに向かった。だんだん店が近くなってきたら、面白がって妹は「きっとカネサにあるよねぇ」と言った。そのうちにカネサの店に入った。入るとすぐ目の前に長靴が大きいのやら小さいのやら沢山(たくさん)並べてあった。番頭(ばんとう)が出て来て、「何を上げますか」と言った。私は「小さい長靴を見せてください」と言ったら、小さいのを三つ四つ出して来て、「どれでも二円五十銭(せん)です」と言った。私がその中の一番大きいのを見て、それのどこにも傷がついてないから、妹にはかせてみたら、かふかふと入るので、これならよいと思って、「これ一足ください」と一足買って外へ出た。
 妹はにこにこしながら「靴はいて行く」と言ったから、すぐはかせた。はくや否(いな)や走ってみたり、すべってみたりして、何程(なにほど・どれほど)面白いものか、私より先に家へと走った。私が後から家に帰ったら、もう外へ遊びに出掛けたのでしょう。そこらにいなかった。こうして朝から外へ出たきり、晩まで一度も来ない。次の朝も人先(ひとさき・他の人より先)に起きて、靴をはいて出た。

大正十二年六月号


■ことばの意味
【番頭】商店で主人に代わり店の一切のことを取りしきる者。


※漢字や仮名遣いは現代風に改めています。方言などわかりにくい表現は、かっこ書きで補足しました。


■綴方選評 鈴木三重吉
 寺田さんの「妹の靴」は、これと言って、すぐれた点もありませんが、上の年級の人にありがちな、表現上のいやみなどが一寸もないところがいい気持ちです。

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