稲刈(いねか)り
大野小高二   田島 たき


 私が学校から帰って家(うち)に来て、すとめ(しとみ戸)に寄りかかって前の田を見渡すと、母が一人で稲を刈っていた。祖母に「おらも行って稲刈りするや。何、まだ夕飯(ゆうめし)支度するにも早いし」と言うと、祖母は「馬鹿(ばか)、お前が刈れるなら誰(だれ)も心配しない。はじめは手を切って切って」と言ったが、私は「なして(どうして)手切るってか」と言って、馬屋(うまや)に行って鋸鎌(のこがま)を持って飛んで田に走った。「おらも来たや」と叫んで行くと、母はぎろりと見て「稲刈りに来たって、頼まないこと(頼まないのに)。行げ行げ。行って晩支度(ばんじたく・晩ご飯の用意)をしないか。刈れないしてぁ(刈れないから)、行げ行げ」と激しく言ったが、私は刈りたくて刈りたくて左手に稲を握って、切れる鋸鎌でざりざりと刈った。
  嬉(うれ)しくて嬉しくて刈ったが、束ね方が分からない。「どうして、きゅうッと回すの」と言うと、母はあきれたように笑って「手を切ったって知らないど(知らないよ)。なかなか難しいもんだど(ものだよ)」と言って、手にとって教えた。三把(わ)まで教えられたが、とてもやれない。だまって母のやるのを見ていれば雑作(ぞうさ)もないようである。私は母に教えられないで別の田に行って、一人でまちがっては、やりやりしたら、母のやるのと同じとおりにやらさった(やれた)。もう一把やってみようと思ってやってみたら、やはり分かった。「あら覚えた覚えた」と母のところに行った。母は「どれ、やってみれ」と言ったので束ねたら、「うん、そうそう」と言ったので、嬉しくて嬉しくて七把刈った。
 覚えたから母と競争しようと思って手を早めたら、あッという間もなく小指を斜(はす・ななめ)に切った。握っていた鎌(かま)を田に投げつけて、切った指を握って家へと走った。行くとき母は「それみれ(それみなさい)、人の言うことを聞かないから」と言った。家に手を握って入ったら、祖母は「手を切ったべ(切ったろう)」と言ったから、「少しのう(少しね)」と言ったが、やめでやめで(痛くて痛くて)どうにもならない。夕飯の支度はしなければならない。痛いと言えば「頼まないことをして」と叱られる。痛い手をして夕飯の支度をした。
 ご飯を食(く)う時、「ああ痛い痛い」と手を見ていると、祖母が「どの鎌で刈ったのか」と聞いたから、「一番切れる鋸鎌で」と言うと、顔をしかめて「鋸鎌で切ったら、やめでやめで」と言った。その夜は、やめでやめで眠られなかった。
大正十三年二月号


■ことばの意味
【しとみ戸】戸締まりのため家の柱に立て込む上下二、三枚の横長の板戸。昼間は外しておく。
【鋸鎌】のこぎりがま。稲刈りなどに用いるのこぎりのようにぎざぎざの刃を付けた鎌。



※漢字や仮名遣いは現代風に改めています。方言などわかりにくい表現は、かっこ書きで補足しました。


■綴方選評 鈴木三重吉
 田島さんの「稲刈り」は、年級(学年)のわりに事象(じしょう)に対する把握力が少し不足なので、表現が希薄ですが、しかし、ともかく純朴で一寸(いっすん)もませませした(ませた)ところがなく、子供らしい歓喜などが、いきいきと出ているところが取りえです。

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