栗盗人(くりぬすびと)(賞)
大野小高一   西谷 きくえ


 この間、私と弟二人で、栗林に栗を拾いに行くと、何だか栗林が、風のないのに、かさかさするので、「きっと誰(だれ)かが栗を盗んでいたかも知れない」と言うと、弟たちが「したら静かに行くべえ(それじゃあ静かに行こう)」と言うので、静かに行くと、私たちを見たのか、人が木からするすると下りて来たので、「そら盗人」と私らが叫んで走って行くと、もう垣を破って見えなくなってしまった。
 栗の木の下には、何も落ちていないので、「ああ馬鹿くさい、たんだあの若者にかって、拾われてしまった」と言うと、弟たちが「破ったところを垣するべあ」と言ったので、行って見ると、なんぼ(いくら)むりに潜(くぐ)ったのか、栗が十粒ばかり落ちてあった。それを拾って「きっとまた誰か盗みに来るかもしらないから、かくれて見ているべあ」と言うと、弟たちは「そんだ、それもよい」と言って、栗を食いながら見ていると、男の子が来て垣を潜りましたから「誰だ」と叫ぶと、いくら急いだのか垣を潜って街道に出た。そうして後ろも向かないで、のめくったり転んだりして、狂ったように走って行った。私たちはそれを見て、手をたたいて笑って家に帰った。
 次の日、学校から帰ってから、また三人で栗林に行くと、今度は大きな人が拾っているので、「誰だ」とじなると、その人はうろうろ見ていた。すると弟たちが「あ、お祖父(じい)さんだ」と言ったので、走って行くと、「お前たち、何じなっていたば」と言われたので、「お祖父さんば、ほかの人だと思ってじなったんだ」と言うと、お祖父さんは笑った。
 そうして家に帰る時、「さあ、きくえにかっておごられだし、これから家まで逃けるかな」と言って、そこらまで走って家に行った。
大正13年3月号


■綴方選評 鈴木三重吉
 西谷さんの「栗盗人」は、のんびりした村落的な気分が出ているところが面白いです。「そんだ、それもよい」と言って、かくれるところだの、特にしまいの方で、おじいさんが「これから家まで逃げるかな」と言って走って行かれるあたりなぞでは、ひとりでに微笑まされて来ます。いいユーモア(軽い上品な滑稽)です。純朴(じゅんぼく)なおちついた書きぶりで、非常に快い感触です。


■ことばの意味
【垣を破って】垣根を壊して。
【のめくったり】前に傾いて倒れたりする様。のめる。
【じなる】「怒鳴(どな)る」の方言。
※漢字や仮名遣いは現代風に改めています。

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