おひる(賞)
大野小高二   田山 みつ


 きのうのひるに、ごはんをたべに行くと、がが(母さん)がひもで、じょうをかって、いませんので、私はきもがやげで、ひもをむりむりほどいてはいって行くと、うちのちゃっぺ(猫)がねぷりかげを(うとうとと)していました。わざとしょうじをがらがらとあけると、ちゃっぺがびっくりして目をさましました。そして、ながしまい(流し台)の方へ行きました。
 てぶる(テーブル)をだして、その上にひもをおいて、ごはんをたべました。たべてしまってから見ると、ひもがないので私がはんぶん泣きながら、にわの方やながしまいの方をただして(探して)もないので、またてぶるのとこへ来て見ると、ちゃんとあがっていました。それから、それをもって、となりのかっちゃ(母さん)に「おら家(え)のががが行ったどこ知らねえが」と聞くと、かっちゃが「はちけんや(八軒家)(字稲里の一部の旧名)さ行った」と教えました。
 私はあんしんして、そのひもでまたじょうをかって、すずえちゃんのうちに行って「すずえちゃん」とよぶと、へんじをしないので、私がさきに行く気になって、ちゃっちゃと(さっさと)来ると、「みっちゃ」とよんだので「はい」と言ってすずえちゃんのところへ行くと、すずえちゃんが「わし家のかっちゃん、いなくてさ」といいましたので「私だって、はんぶん泣きながら、まんま(ご飯)をくったんだよ」というと、すずえちゃんが「私だって」と言いました。
 そうしていると、ほんごう(本郷)の方から、おら家のかがににたような人が来たので、私がすずえちゃんに「あれがわし家のががでねが」というと、すずえちゃんがだまっていたから、私が走って行ってみると私の家のががだので「ががどこさ行って来た」というと、「ていしゃば(駅)さ行って来た」といったので「何しに」というと「きたみのおどちゃば、おくって行って来た」と言ったので、「うん」と言って、ががよりさぎになって家へ行って、ひもをといで、戸をあけて、すずえちゃんと学校へ来ました。
大正13年8月号


■綴方選評 鈴木三重吉
 二年生の田山さんの「おひる」をまず賞にとりました。冒頭に「おひるにごはんをたべに行く」とあるのは「学校からお昼ご飯を食べに帰って来た」のです。そのすぐあとの「がががひもで、じょうをかって、いませんので」は「母さんが紐で戸締まりをして、どこかへ出て行ってうちにいないので」という意味です。低年級の人の作としては、本当に上手にのびのびと書けています。純真な、可愛らしい良い作品です。いかにも単純な扁平(へんぺい)な描写でもって、その場その場の気分そのものが、ありありと浮かび出ているのが貴いところです。戸口をしばってあった紐を見失って、泣きそうになって探し回るあたりや、となりの「かっちゃ」に行き先を聞いて安心して出て行くところだの、ことにすずえちゃんと二人で、お互いに母さんが留守なことを話し合うところや、お母さんと出会ってからの対話や、喜んで先走って行って、戸を開けといて学校へ行くあたりなどは、すべて情景がまざまざと躍動していて、本当にあどけなく、哀れに可愛いものです。田山さんの学校からよこされる作は、みんなこういう自然な、純素な作ばかりです。同校の先生たちの正しい指導が想像されて、ありがたいです。


※漢字や仮名遣いは現代風に改めています。

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