酒(さけ)のみ
大野小高一   村本 金彌


 或日(あるひ)、僕(ぼく)は学校から帰って行ったら、僕の家の土間(どま)へむしろをしいて寝ている人があった(いた)。僕はびっくりして、そばへよって見ると、へどを上げて(吐いて)ぐうぐうとうなって苦しんでいるのであった。家の人に聞いて見たら、「その人はさっき店へ行って酒をのんで来て、うちの前に寝て、雪が顔にかかって、まっかになってあったから、うちの中へ入れて寝せたんだ」と言いました。そして、そのへど(吐いた物)の中に三十一銭(せん)入っていると言いました。
 しばらくたつと目がさめたか、起きて自分のへどを上げたのを見て、つばをしてあった(唾を吐いていた)。水で口をすすげばなおるだろうと思っていました。それからまた、眠りはじめました。そして何べんも何べんも目をさましては、つばをしていたが、しまいにはとうとう起きて、へどあげたのを見ていましたが、家の人にあたまをさげて、「これ、たのむ、たのむ」と言って、停車場(ていしゃば・駅)へ行ってしまいました。僕も停車場へ行って見たら、まだよっていて、切符を売る人に「そら三十一銭。切符をよこせ」と言って叫んでいた。それから、そばにあった台の上にふさって(うつぶせになって)、また、寝はじめました。僕は家に帰った。
 翌日になって僕が学校から帰ると、酒のみは「どうも失礼しました」と言ってわびをしていた。そして、「きのう、ここに、はがきがありませんでしたか」と言っていた。「三十一銭なかったか」と言った時、僕は「きのう停車場へ行って見ていたら、三十一銭だべ(だろう)、切符よこせなんて、えばってあった(いばっていた)」と言うと、「そうでしたか」と答えて笑っていました。
大正十二年四月号


■ことばの意味
【土間】屋内で床板を張らず、地面のままにした所。


※漢字や仮名遣いは現代風に改めています。方言などわかりにくい表現は、かっこ書きで補足しました。


■綴方選評 鈴木三重吉
 村本君の「酒のみ」は、年級から言えば、たどたどしい書き方ですが、その代わり、どこまでもうぶうぶしく純朴なところがいい気持ちです。

 作品集ページに戻る