さけのみ
大野小尋四   小笠原 みち


 私が家(うち)へ行ったら、馬鹿(ばか)のような人が、やせたすねをべろっと出して炉ばたにねていました。きっと、じっちゃ(おじいさん)が畑にいたから、じっちゃも知らねだべ(知らないだろう)と思って、戸もしめないで、じっちゃの所へ行って「じっちゃ、じっちゃ、馬鹿ねでらえ(寝ているよ)」と言うと、じっちゃが「何あれ、なつ子家のがが(お母さん)の親だで(親だよ)」と言いました。私が「何してねでらべ(どうして寝ているの)」と言ったら、「酒のんでいのげなぐ(動けなく)なったんだ」と言ったから、私は死んでいねべが(死んでいないだろうか)と思って戸の穴から見ていたら、足を動かしたから、起きるんだと思ってかくれたら、「ん、ん、ん、ん、わい」と言った。
 私は「死んでねべが」と思って、また、じっちゃの所へ行って、「あの人、死ぬどこだ(死にそうだ)」と言ったら、「何して死ぬてな(どうして死ぬものか)、それより、んな(おまえ)、ままく食った(ご飯食べたか)」と言った。私が「あの人ば、おっかなくて(あの人が怖くて)、おら、穴から見ていたら、ん、ん、ん、ん、わい、って、うなった」と言うと、じっちゃが「これ、まだ酒飲みば(を)、おっかながって家さ入れねで(怖がって家に入れないで)、まあ、家さあべ(家へ行こう)」と言ったから、一しょに家へ入りました。
 「まま、け(ご飯を食べろ)」と言ったから、「うん」と言って待っているうちに、く食う気になって、さっさと食って、二はい目の時、じっちゃが行ったから、私は、ままを少しもったのを猫の皿へあけると思って(皿に入れようとして)走って行くと、ちゃわんをがちんと落としました。そしたら、酒のみがおどかって(目を覚まして)、「なあやえ…なあ、けふ、けふ、けふ、けふ、やえ」と言ったから、ぜん(膳)もしまわないで、外へ走って行って、また穴から見たら、だまってねていました。
 すこしたって家へ入ると、猫が魚を食っていたから、私は酒のみのいるのも忘れて走って行って、火ばしをぶつけたら、猫が板の下からにげて行ってしまいました。
大正十四年九月号


■ことばの意味
【おどかって】おどかるは「目を覚ます」の方言。主に青森、秋田、岩手の言葉。おどがる。
【ぜん】一人分の食器や食べ物を載せる台。お膳(ぜん)
【火ばし】炭などを挟む金属製のはし。



※漢字や仮名遣いは現代風に改めています。方言などわかりにくい表現は、かっこ書きで補足しました。


■綴方選評 鈴木三重吉
 四年の小笠原さんの「さけのみ」は、四年生としては事象の表出が粗慢で、しまりが足りません。書きつづりの上でも、私がちょいちょい、つながりを切り直しておいたので、多少、区切り区切り読めるわけですが、最初の一区節などは、もとのままですと、何々したから、こうしたからと、「から」「から」でだらだらと二十七行も区切りなくつながっていました。これは低年級の作によく見る癖で、これまでにも幾度も注意しましたが、小笠原さんも、これからは、何々した、こうした、そうしたら、これこれだった、それからこうこうしたというふうに、なるべくつづりを切ってお書きなさい。だらだらつづけて書くと、読むのにうるさくて、せっかくの感銘がうすくなってきます。 以上の点はそれとして、この作の面白いところは、小笠原さんが、よっぱらいというものに慣れないために、ぐうぐう寝ているのを、死にかけているのではないかとびっくりしたり、いちいちの動作を怖がって、おどおどしながら穴からのぞいたりする、うぶうぶした、女の子らしい胸のとどろきそのものです。 なお、これは小さな人たちにはわからないかも知れませんが、われわれには、全編を演劇的に見ると、ある村落的生活相として、一種の哀感がわくところに純情的な興味がひかれます。

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