しかられて(推奨)
大野小尋四   田山 みつ


 私が昨日(きのう)学校をかえって、せぼちゃん家(え)のところに遊んでいると、八軒家(はちけんや)(稲里の旧名)かい道の方から、めいせん(銘仙(めいせん)=平織りの絹織物)の着物を着て、めいせんの羽織を着た人が、私の家(うち)の馬と同じ馬を二匹つれてきました。私はどこかのばくろ(馬喰(ばくろう))が馬を引っぱって歩いているのだなと思って見ていると、その人がだんだん私の家の方へ近よって来ます。だまって見ていると、私の家の裏の方へ入って行って、馬を私の家の馬屋に入れました。「きっと、これはわしが知らないが、父(おど)か母(がが)がおぼえている人だな」と思って遊んでいると、おどとががが八軒家道から来ました。そして皆(みな)家へ入って行きました。
 おどが戸口から顔を出して「み(みつさんのこと)、火たぎつけろ(火を付けて燃やせ〉」と言いました。私はきくちゃんと遊んでいたので知らないふりをしていると、「用あるしけ(用があるから)来い」と又(また)よびました。それで私が家にはいって行くと、「このわらし、いちも言うこときがね」と言って、私の頭をがんとたたきました。私が泣くと、又たたきました。姉が「それ、みっちゃ、にげさいの(逃げなさい)」と言いました。私は泣きながら裏の雑倉(ぞうぐら)の後ろに走って行って泣いていると、だんだん日が暮れて来ました。「あやまるがな」と思わさったりしているところに、姉が来て「みっちゃ、家さ行ぐべあ(行こう)」と言ったから、私が「いらねや、おらどこさでも行げていわれだしきや(どこへでも行けと言われたから)、ぞぐら(雑蔵(ぞうぐら))さでも寝るんだもの」と言うと、姉が何も言わないでぐっと行ってしまいました。
 私はここにいれば誰かに見られて、きっと「みっちゃがおこられたんだ」と思われると思って、なし床(苗床)の草を取っていると、がががほし物(洗濯物)を入れるに来て、「はんかくせ(半可臭い)、馬鹿(ぱか)って、しかだねもんだなあ、ただかれねくてもいいもの、たたかれて」と言って、ほし物を持って行ってしまいました。私はだれか来てつれて行ってくれればいいと思いながら、裏にいて一人で小さい石をはじいて陣取り(じんとり)をやっていると、きくちゃんが水をまいている音がしたので、私も行って、かなだらい(金盥(かなだらい)=金物製の平たいおけ)をかりて水をまいていると、姉が来て「みっちゃ、今家さ入(はい)ねば入(い)れねいよ」と言ったから、私が姉と一しょに家へ入りました。
 それでも私が家に上がらないで庭先に立っていると、「み、み、んな(汝(な)=おまえ)、あやまれ、あやまればゆるす。それでねば、ぞぐらさ寝れ。寝たくねがら(寝たくなかったら)あやまれ」と言ったから、だまっていると、馬をつれて来た人が「みっちゃ、あやまってけるしけ(謝ってあげるから)来(き)さい(来なさい)」と言ったから、私が上がって行って泣きながら「あやまたァ」と言うと、おどが横座(よこざ)にすわっていて、「それだば(それなら)ゆるす。こんどから、そういうことしたんだら、しょうちしねしけの(承知しないからな)」と言いました。
大正14年8月号


■ことばの意味
【馬喰】牛馬の売買や仲介を仕事とする人。
【雑倉】雑蔵(ぞうぐら)のこと。雑物を入れたり、作業などをする蔵。
【陣取り】子供の遊び。本来は二組に分かれ、互いに相手の陣地を取り合う遊び。
【横座】一家の主人がすわる席。
※漢字や仮名遣いは現代風に改めています。方言などわかりにくい表現は、かっこ書きで補足しました。


■綴方選評 鈴木三重吉
 四年生の田山さんの「しかられて」は、印象的な写出(しゃしゅつ)としてすぐれたものです。しかられ、なぐられて、裏手の倉(くら)のところで、ふくれかえっているところから、しまいに馬喰の人になだめられてあやまるところまでの、田山さんのふてくされた、しんねり、むっつりした気持ちや動作がまざまざとよく描けていて、ひとりでに微笑されて来ます。ほかのすべての人々も、みんなそれぞれいきいきと出ています。方言のうち「このわらし」は「この子め」、「あやまるがなと思わさったり、ぞうぐらさ寝るがなと思わさったり」は「あやまろうかなと思ったり、それとも、あやまらないで雑倉へはいって寝ようかしらと思ったり」の意味、「はんかくせ」は半可臭いのなまりで、つまり小生意気なという意味です。

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