兎盗(うさぎぬすびと)(賞)
大野小高二   中村 とく


 この間から、家の空き鳥小屋に兎をあずらいた(預かった)隣のおばさんは娘が病気なので、函館に行った。親の豆腐屋の婆さんは、おばさんがいないので、来ては兎を養っているのです。
 今朝(けさ)も早く来て、草を食(く)わせていたが、私の家(うち)に来て、私に「昨日(きのう)、誰か鳥小屋のあたりに来ねがたがね」と聞いたので、「昨日だら、誰も行がねよであったよ」と言うと、「やあ、たまげたもんだ。また兎二匹盗まれたもんだ。さきにも(前にも)一匹盗まれて、また」と言ったので、「婆(ぱあ)ちゃ、ほんとげぁ。いっぱいあるしてぁ(いるから)。勘定間違いしたんだべさ」と言うと、「いやいや、しっかり何べんも勘定したて、どうしても二匹足れねもの。こんどまた盗まれれば大変だして(大変だから)、こんどあっちさ兎を入れるのをこしらえて、持って行かねばなねぇ」と言って出て行ったが、その日のうちに皆、兎を持って行ってしまった。
 その晩でした。私は一人、便所に行った。行くと間もなく、便所の横合いから男が二人、どちらも丈(たけ)は同じくらいで着物は黒地、頭には何もかぶらなかった。二人は私がいるとは夢にも知らない様子であった。家からは茶碗(ちゃわん)を洗う音が聞こえて来ると、一人は流しの方から内(うち)を覗(のぞ)いていた。少したって二人は何かひそひそ話をしていた。それでも家の人たちは少しも知らない様子でした。
 私が二人はどっちへ行くかと、よく注意して見ているとも知らず、安心したらしく、足を鳥小屋の方に向けた。私は「あの畜生、こうして毎晩来て、兎を取って煮て食うのだな」と思い、すぐに二人に見つからないように、別の方から廻(まわ)って家に来た。家では皆、何か話をしながら笑っていたが、私が入って来たので、一同は私の方を向いた。「皆黙っていせ(いなさい)」と、いきなり言ったので、皆は「このわらし(子供)、何しゃべっているばぁ。寝言していた」と笑った。私は笑うどころではないので、「今ね、おら便所にいだけぁ、二人の男が便所の脇の方から来て、おらいたのに知らないで、さきにとみちゃんが茶碗洗ってだ方さ来て、すぐ兎のいであった鳥小屋の方さ行ったや」と真面目(まじめ)になっているので、父は「行って見べし(みよう)見べし。誰だか少し顔見べし」と言った。そばにいた向かいの徳蔵さんも、兄と二人で「行って見べし」と言って、二人はさきに出て行った。
 その晩は真っ暗であったので、母は「暗いして(暗いから)、提灯持って行け」と言ったので、すぐ提灯をつけて私は行って見たが、鳥小屋にはただ兄と徳蔵さんと二人よりいなかった。「こっちの方さ来たんだども(来たのだけれど)、いねてげぁ」と聞くと、「きっとおらたち来た時、逃げたんだべ」と兄が言う。「裏さ逃げだんだ。行って見べし」と徳蔵さんが言ったので、三人は行って見たがいない。
 その時、二、三間(けん)前の方にある、さくらんぼの下でバリバリと枝を踏む音がしたので「やあ、あこ(あそこ)にいたんだぁ、きっと」と三人が行って見たが、もう逃げたのか、いなかった。家にいた父は「さきにも、おら家の兎も盗んだもんだべ。したして(だから)、兎のいるところ覚えて、盗むに来たんだべ」と言った。
大正12年11月号


■綴方選評 鈴木三重吉
 中村とくさんの「兎盗人」はうまいものです。兎の保護をたのまれたあのお婆さんも、短い描写でよく風貌(ふうぼう)が出ています。「やあ、たまげたもんだ」以下、いちいちの対話がまざまざと目にうつります。お父さんたちが「行って見べし、行って見べし」と出かけて行かれ、みんなで方々をさがして回るあたりなども、目の前に見えるように活写されています。村の生活のある縮図として、ユーモアのある面白い作品です。


■ことばの意味
【畜生】人をののしっていう語。不道徳な人をいう。ちきしょう。
【二、三間】一問は約1.8メートル。おおよそ4、5メートルの距離。
※漢字や仮名遣いは現代風に改めています。

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