夜廻り(賞)
大野小高一   金川 つね


 四、五日前に、私の家(うち)は夜廻(よまわ)りにあたった。私の家の組は、上の隣と下の隣の家とお寺と五軒でしたが、寺の人は用事があって出ませんでした。家は大人は母たった一人なので、ほんとうに困った。お母さんは「困ったなあ。行かないと五十銭取られるし、行ったら世間の人に、あんだこんだて(ああだのこうだの)言われるし困ったなあ。仕方がない、五十銭取られるより…」と言って行くことにした。そして私に大切なものをみんなよこした。
 私は一番大事なもの物を腰にゆわいた(結んだ)。そして残りをまくらの下に入れた。八時を打ったから、母は丹前(たんぜん)を着て、風呂敷(ふろしき)をかぶって、角巻(かくまき)を持って外に出た。私はすぐにしんばりをかって(掛けて)来た。それから電灯をかぎからはずして座敷へ持って行こうとしたら、どういうはずみか、手から抜けて板に落ちた。ジャガンとなってパッと電気が消えた。私は体がぞっとなって頭の先から足の先までしみとおった。外にはまだ母さんがいた。そして「何したんだべ。やあやあ困った。どうしたんだべ」と言って戸を開けようとするけれども、開かないので、「戸を開けれ」と外からどなった。私は台所から足袋(たび)はだしで、土間に下りて戸を開けた。お母さんは家の中へ入って来た。「もし電気が伝わっていたら死んでしまうべ」と言って、私の肩を一つ強くたたいた。お母さんは台所へ上がって行った。そして手探りで取って電灯をつけて見ると、パッとついた。お母さんは「ああよかった。笠だけ壊れた」と言った。
 それから座敷へ電灯をやって、壊れたガラスを拾って大急ぎで番屋(ばんや)に行った。私もすぐしんばりをかって寝た。夜中に目をさますと、丁木(ちょうぎ)をたたく音が遠くの方からかすかにパンパン、パンパンと聞こえて来る。
 私はお母さんは今、丁木をたたいて歩きながら何を思っているのだろう。今ごろお父さんでも生きていたら、こんな場合にどんなに安心して眠っているによいだろう、と思ったら、何だか悲しいようなくやしいような思いになった。丁木の音はだんだんと高く聞こえて来た。そして私の家の窓あたりまで来ると、パタリと止まった。そして窓から家の中を覗(のそ)いて見たようであった。
 少したつと安心したのか、またパンパンと鳴らしながら隣の方に行った。私はお母さんの丁木が聞こえなくなるまで、目を開いて聞いていた。それから、いろいろのことを考えながら、いつしか眠ってしまった。
大正13年1月号


■綴方選評 鈴木三重吉
 金川つねさんの「夜廻り」は、しみじみした哀感をひく、信実ないい作です。すべての経過をはじめからしまいまで、たしかな叙写ではきはきと実感的に写し上げています。夜中に母さまがカチカチと拍子木を叩きながら近づいて来られて、窓から家の中を覗いて行かれるあたりなどは、特にひしひしと身につまされて来ます。金川さんは従順ないいお子さんのようです。どうかこの上とも十分お母さまのたよりになって力をつけてお上げなさい。


■ことばの意味
【夜廻り】夜回り。夜、警戒のために地域を回り歩くこと。当時は消防組(消防団の前身)が数軒ごとの当番制で担当した。参加できない家には罰金があり、この地域は罰金が五十銭。
【丹前】衣服の上から着るそでの広い綿入りの防寒用和服。
【角巻】防寒のため女性が使う大形で四角い毛織物の肩掛け。
【しんばり】戸口が開かないように押さえておくつっかえ棒。
【足袋はだし】足袋をはいたまま、下駄(げた)や草履(ぞうり)をはかずに地面を歩くこと。
【番屋】消防組の詰所(つめしょ)。現在も消防分団の詰所を消防番屋と呼んでいる。
【丁木】拍子木(ひょうしぎ)のこと。

※漢字や仮名遣いは現代風に改めています。

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