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画像掲示板(2012年4月21日〜2013年2月11日)
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「大函丸(だいかんまる)」だそうです 投稿者:T.I. 投稿日:2012/06/21(Thu) 23:28:49 No.224
新しいフェリーの名前が決まりました!

2012年5月、いよいよ新しいフェリーの建造がはじまり、今年の暮れには進水式、そして来年の春には大間-函館航路に就航する予定です。

フェリーの名前は大間町の住民のみなさんの応募の中から 大間町新船船名検討委員会にて6月20日に決定されました!

新しい船の名前をこのページで発表するとともに、いよいよラストランが近づいてきた「ばあゆ」も盛り上げていきますよ〜〜〜!

5月1日〜31日までの期間、新造フェリーの船名が公募されました。

143名のみなさんがアイディアを出した173作品の中から、まずは大間町新船船名検討委員会で1次審査を行い40作品に絞られました。

そして、応募者名を伏せた上で検討委員のみなさんが船名、話題性、理由・由来について採点し、上位5作品が選ばれました!

そして!優秀賞に選ばれた「大函丸(だいかんまる)」が、新しいフェリーの船名として決定しました!

優秀賞と佳作4作品。

応募者の方からの「私がこの船名にした理由!」もあわせて発表します。

◎優秀賞 「大函丸」

昭和39年、日本初の外洋フェリーボートとして就航した「大函丸」。「大函丸」という船名には、海に開かれた土地に生きる大間町民の誇りと、賑わい、活力にあふれていた当時の風景が重なっている。いま、未来に希望をつなぐ新しいフェリーに名前を付けるとき、ぜひ、この名前を復刻させたい。大間と函館をつなぐ、誇るべき海の道となるこのフェリーとともに、再びこの地に新しい賑わいを創り出すぞ!という決意をこめて。(あおぞら組 島康子)

○佳作 「天妃(てんぴ)」

300年前から大間にある海の神様である。(会社員 三国谷和哉さん)

○佳作 「どりーむ」

大間町の希望・夢(のびのび、生き生き、悠悠)を乗せて実現に向け、本州と北海道の煌く架け橋となり、北の未来永劫の発展を運ぶ船。(無職 橋本京子さん)

○佳作 「あおぞら」

大間町は、ドラマ「私の青空」の舞台になり、毎朝7時にその主題歌が流れています。大間町の人なら誰でも知っている有名なドラマなので、題名から「あおぞら」をとり、そのドラマで大間町を表現したいと思いつけました。(大間中 山崎由依さん)

○佳作 「大函丸II号」

昭和30年以降、大間町民が函館の病院への通院やデパート等での買い物のために出かけるケースが増加し始めるようになってきた。そして、昭和39年7月2日、町民待望の大間・函館間のフェリー就航が実現した。フェリーの船名は「大函丸」。大間港に寄港するその船影に町民はおおいに感激した。その船名も確かな記憶として残っており懐かしい。故に「第2大函丸」よりも現代的に「大函丸II号」と名付けた。(無職 新井田義成さん)

いろんな世代のさまざまな職業のみんなが考えた船名。

この思いとともに、フェリーを盛り上げていきましょう!!

http://www.oma-aozora.jp/ferry/index.html

Re: 「大函丸(だいかんまる)」だそうです 投稿者:Voyager 投稿日:2012/06/22(Fri) 06:50:06 No.225
今までのカタカナより、わかりやすいかも。

http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/aomori/news/20120621-OYT8T01612.htm

Re: 「大函丸(だいかんまる)」だそうです 投稿者:iruka 投稿日:2012/06/22(Fri) 21:47:48 No.227
新造船の船名は「大函丸」ですか。大間町民が力を合わせて大間航路存続危機を乗り越え、さらに新造船を建造したのですから、大間町民のこの新造船に期待する気持は大きいと思います。「大函丸」応募者の船名決定理由もいいですね。

Re: 「大函丸(だいかんまる)」だそうです 投稿者:T.I. 投稿日:2012/06/27(Wed) 21:25:11 No.230
「大函丸」の読み方ですが、「日本のカー・フェリー」(海人社、2009年)によると、以前の道南海運時代の「大函丸」は「たいかんまる」としていて、掲載されている写真を見る限りでは、「Taikan Maru」と船体に表記されていたように見えます(写真が小さいので確認はできない)。この辺り、どうなんでしょう。

正式には「たいかんまる」だったものの、土地の人は「だいかんまる」と読んでいて、そうした事情から、今回は「大函丸」を「Daikan Maru」とすることにしたのですかねぇ。詰まらない事ですが、気になっています(笑)。

Re: 「大函丸(だいかんまる)」だそうです 投稿者:iruka 投稿日:2012/06/28(Thu) 22:54:12 No.255
大間航路初代就航船「大函丸」の読みは、「たいかんまる」だったのですね。今まで私自身「だいかんまる」と普通に言っていましたし、周りの人も「だいかんまる」と言っていました。T.I.さんの推測通り、土地の人だけでなくほとんどの方が「だいかんまる」と言っていたと思います。それで「だいかんまる」にしたのではないでしょうか。
投稿画像は、Voyagerさんのコレクションより。


Re: 「大函丸(だいかんまる)」だそうです 投稿者:iruka 投稿日:2012/06/28(Thu) 23:01:26 No.256
昭和39年(1964)6月24日 北海道新聞記事より

新造船フェリーボート函館に入港
函館―大間 二日から定期運航

函館市と青森県下北郡大間町を結ぶ新造フェリーボート”大函丸”(五〇〇総トン)が二十四日朝、函館港に初めて姿を現わした。
道南海運(本社函館、資本金五千万円)が九千六百万円をかけて建造した新型車両運搬船で、速力は十三・五ノット、函館―大間聞の津軽海峡四十キロを一時間四十分で渡ることができ、一回にバスなら八台、乗用車なら二十五台、それに乗客が五百人乗せられ、車に乗ったまま渡ることができる。船の幅は最大十一メートル、いくつかの不沈装備があり、また船自身に車を降ろすための"可動橋"がついているのが特徴。
二十二日朝八時半、建造工事を受け待った静岡県下田市の下田船渠を出航、この朝五時すぎ、予定,より三時間も早く函館港に着いた。西浜岸壁に接岸した純白の船体は巴港の青さにはえて一段とスマートだった。
 同船は二十五日までは船内の備品整備や接岸テスト、二十六日大間までの航海テストのあと、二十七日に初の乗客として青森から弘前市鶴田中の修学旅行生をバス五台に乗せたまま函館に運び、七月二日から定期運航を開始する。
最近、下北方面の恐山や薬研温泉など観光貸源が注目されはじめているだけに、函館の観光関係者も『道南地方のドライブコースと合わせて大いに売り出そう』と期待を寄せている。(昭和39年(1964)6月24日 北海道新聞)

*昭和40年3月22日HNF設立。同6月15日、道南海運より大間ー函館航路事業と大函丸を譲り受け、認可を得て営業開始。


Re: 「大函丸(だいかんまる)」だそうです 投稿者:T.I. 投稿日:2012/06/29(Fri) 00:07:37 No.257
irukaさん、ありがとうございます。「大雪山」とか「洞爺湖」の読み方みたいな問題ですね。

「大雪山」は、私は「たいせつざん」と発音したいのですが、「だいせつざん」という発音もありますね。青函連絡船の「大雪丸」は「Taisetsu Maru」。ところが商船三井フェリーの船は「さんふらわあ だいせつ(Sunflower Daisetsu)」。どっちも正しい読み方なのでしょうけれど(笑)。

「洞爺湖」は、一般には「とうやこ」ですが、湖周辺の地元の人は頑なに「どうやこ」です(苦笑)。論争になったという話は聞かないですが、地元が「どうや」ならば、こちらは「どうやこ」が正しいかと思ったりもします(笑)。

Re: 「大函丸(だいかんまる)」だそうです 投稿者:iruka 投稿日:2012/06/29(Fri) 20:18:17 No.259
私の地元でも、洞爺丸(どうやまる)、洞爺湖(どうやこ)が一般的です。「とうや」が正しいのでしょうが、ちょっと違和感を感じます。パソコンの日本語入力システムも「どうやこ」では、正しく変換されませんね。洞爺湖周辺の地元の人も「どうや」と言っているのですか。意外でした。やはり道民は「どうや」ですね。

大間航路開設時のNHKニュース動画です。
http://www.nhk.or.jp/hakodate/vk80/movie/movie_36.html

Re: 「大函丸(だいかんまる)」だそうです 投稿者:Voyager 投稿日:2012/06/29(Fri) 21:19:33 No.260
irukaさんがアップしていただいた画像は、オリンピック頃のパンフの中に掲載されていた画像ですね。オリンピックがあるので英語版のを出していたのでしょうか。

Re: 「大函丸(だいかんまる)」だそうです 投稿者:Voyager 投稿日:2012/06/29(Fri) 21:27:39 No.261
上記のパンフより前の時代のチラシだと思います。
就航船の名が「大函丸」と「第二大函丸」だけですので。
TAIKAN KOKUDO FERRYとアルファベットで記載があります。

「大」の読み方といえば大雪(山)もフェリーSOL PHRYNEになった国鉄の連絡船が「たいせつ丸」で後にLATOになった太平洋フェリーは「だいせつ」でしたね。


Re: 「大函丸(だいかんまる)」だそうです 投稿者:山西 元 投稿日:2012/06/30(Sat) 22:27:32 No.269
当時東日本フェリーの函館ターミナルは現在の西波止場にありました。
建物は変わりましたが可動橋やボーディングブリッジの一部は残っており
当時の面影を見ることが出来ます。


Re: 「大函丸(だいかんまる)」だそうです 投稿者:iruka 投稿日:2012/07/01(Sun) 22:07:26 No.275
昭和39年に大間航路がスタートしてから4年後にこのボーディングブリッジとターミナル、可動橋が完成。ターミナルができたころは、まわりに飲食店やホテルが建ってきて賑やかだったようです。今は当時の面影を残すのは、このボーディングブリッジと可動橋だけですね。


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