境港・金沢試験寄港モニタークルーズ (3日目)
本文へジャンプ 平成18年9月4日 

 

0100〜定刻に直江津港を出港!(添付@)
 
 ここからは定期航路だが、今回のモニターもほぼ終わりで船客数は一桁になってしまった。
 乗組員と応援スタッフを入れると関係者は30名弱であるから、船客1名に船側は4名付く勘定になり、これはもう豪華クルーズだ!。
 
 出港風景の撮影を終え、陸上から応援で乗船しているリベラ東日本フェリーのスタッフのN・S・I氏の3名と談話コーナーで雑談する。
 活プロからこの試験寄港の依頼があってからの段取りや苦労話、また来年青函航路に就航の高速カーフェリー(豪・インキャット製)の経緯など色々と楽しい会話だった。
 時計を見ると午前3時を廻ったからお開きへ、ちょっと雑談のつもりが2時間経過していた。
 
 部屋に戻り0330就寝!
 
 0630起床!
 カーテンを開けると朝日が部屋に射し込んで来た!。
 遥か前方に男鹿半島が見える、今日も視界良好!海上晴天!である。
 
 0700〜早速、朝風呂とする。
 本船の展望風呂は旧船とは反対の左舷側なので、この時間の北航は紺碧の水平線を見ながら入浴できる。
 朝風呂から上がりデッキに出ると紺碧の日本海と晴天の空が私を迎い入れてくれる(添付A)
 
  サッパリしたとこで朝食(0730〜)とする(添付B
 本日は洋食で、フレッシュジュースは甘めで私の嗜好には合わないが子供だと喜ぶかも?、個人的には洋食のドリンクは牛乳が欲しいところ。
 
 食後、船首サロンで男鹿半島を見ながら石川県庁の方々と雑談する。
 ここでも、今回の試験寄港に期待する石川県なりの構想を聞け面白かった。
 
 ところで、この船の公室は非常に使い易すく機能的なレイアウトになっていて、レストランで食事のあとは隣接する展望室で寛げる。
 
 0900〜S.I機関長の案内でエンジンルームを見学する。
  本船は、就航5年目を迎え、乗組員にとってもいまが絶好調の時期で、手入れが行き届いておりエンジンルーム内も客室区画同様にピカピカである。
  主機関は日本鋼管製(NKK)の12PC4−2V型4サイクルエンジン(定格出力18,450ps)を2機搭載している(添付C
  三菱下関建造だから当然だが、この機関を搭載する大型カーフェリーとしては、SFさつま/きりしま・みと/つくば、みやざき/おおさかEXPなどがある。
  燃料消費量は対馬海流に乗る北航で50t/day、逆に塑流となる南航で80t/dayとのこと。
  また、直江津から北は比較的余裕があるが、九越ルートは余裕時分も少なく厳しいらしい。 
  コントロールルーム(添付D)で雑談のあと、ダイナモ〜軸発〜スタンスラスターモーター〜エコノマイザー〜CPPスラスト部(添付E)等など隅々まで案内して頂いた。
  ついでに、構造は異なるが何年か前に話題になった冷却水モーターと冷却風取り入れの構造についても見学する。
 外気取り入れ孔は、上部甲板ファンネルケーシングに隣接しており構造も簡単でメンテナンスもやり易いと感じた。
 時計を見ると1130を廻っていてもう昼飯時になっていたので機関室で2時間半近く居たことになり、今は思い出となった某フェリー名物船長のブリッジ見学の記憶とラップした。
ひと汗かいたので再び展望風呂へ。
 正午過ぎに津軽半島西端小泊岬を通過、羅漢石が印象的な岬だ。
 もう少し航くと、津軽海峡の縦断となるのだが、今の季節は波穏やかで演歌で歌われてるような実感が湧かない。
 右舷前方には下北半島が見える(添付F
 
 1220頃から昼食にする。
 これで、今回のモニタークルーズ最後の食事である「ジャンボエビフライ・クリームコロッケ・ハンバーグ」と昼食としては申し分ない内容で、添物のアスパラや蜜柑も口直しに良い組み合わせだった。(添付G
 
 食後は、、船首サロン(添付Hで津軽海峡を見ながらS.I機関長と再び雑談。
 ここはアンティークで落ち着いた区画だが、船ファン的にも他船がキャッチ出来て談話するにはベストポジションである。
 海峡交差部に近くなりデッキに出て撮影(添付I)。
津軽海峡を通峡すると、楽しかったモニタークルーズもいよいよ終盤である。
 
 デッキでは、皆さん思い思いに適度な間隔をあけて同航のコンテナ船などを見ながら昼下がりの船旅を楽しんでる様子で「の〜んびりとした、贅沢な時間」が過ぎる。
  船上でこのような光景にめぐり合うと「船旅ってホント良いものだ!と感動する(添付J
 
 津軽海峡を抜けると、三角波(対馬海流と千島海流がぶつかる)で有名な大間沖へと船は進む。
もちろん、発生場所は経験から大体特定されるので、そこは避けて航行するとのこと。
 渡島半島の断崖絶壁が見え出すと恵山岬である、船は大きくポートを取り噴火湾へと入って航く。
 もう時刻は15時を廻った、入港準備などもあるのでS.I機関長とはこの辺でお別れ、延々4時間近く船の話題でお話できて楽しかった。
 
 入れ替わりに船首サロンには他の皆さんが集り前方を眺めている。
 今日は巨大台風12号(イオケ)の影響も重なりうねりあって船が緩やかにピッチングする。
 
 私には、心地よいピッチングだったが、道新の女性記者は船酔いらしく船首サロン⇔デッキの移動を繰り返すから「船旅は初めてですか?」と尋ねると、
長距離を乗るのは初めてとの事で「博多から今迄は快適だったのに終盤になって・・・・」と悔やんでいた。
 また、「いい記事を書けそうですか?」とも尋ねたが、船客が役所関係と船の愛好家の方々が殆ど、唯一境港から乗船したご年配のご夫婦が居たくらいなので、これでは取材のソースとしては辛いとのことだった。
 私も、年配のご夫婦については少し興味があったので、このモニタークルーズに参加した経緯を聞きたかったが、残念ながら食事時間以外は典型的な「部屋に篭り切り」タイプの方で航海中に公室で会うことはなかった。(室蘭で下船して初めて見た!)
また、中には専門用語で延々と語り続ける方もいらっしゃった様で、「どうやって記事を纏めたら良いものやらと?」困惑してた。
 記事は9/8付けの道新に特集で掲載予定とのことだったので、後日函館で買って見たが新聞には掲載されてなかった。室蘭と函館では内容が異なるか?、掲載日が変更になったのかな?(記事を読みたかったが残念である)。
 
 噴火湾に入ってからは縦揺れも納まった。今夜は202レ14系急行「はまなす」泊なので入浴をする(本日3回目・添付K=金沢港でのもの)、サウナに入り水風呂に浮いて水中を伝わるエンジンの鼓動を聞く。ついでにオリジナルタオルはコレ(添付L>
 本船は環境に優しい4ストロークエンジンなので、2ストのような「ドッドドッドッド・・・・」というダイナミックな音は聞こえて来ないが「シャ〜ンしゃ〜ん、しゃんしゃん」と滑らかな鼓動である。
 
 風呂上りにふと特等室を見てない事に気付き見学させてもらう、HNF伝統のオーナーズルームを改装したので2部屋に分割したのか?、今迄とはレイアウトが全然異なる(添付M添付N
 部屋の窓を見ると地球岬が見えたからデッキに出る。
 
 既に船は室蘭港外を進んでいた。
 室蘭八景の一つ銀屏風岩や白鳥大橋が夕陽に照らされて輝いている(添付O
 このあと、右舷に測量山と黒百合咲くらしい大黒島を見ながら白鳥大橋をくぐり抜け、絵鞆半島をぐるっと北側に廻り込むと波浪の影響が少ない着岸地の室蘭フェリーターミナルである。(地形を活かした港と言える。)
 事実、この翌日から例の巨大台風12号(イオケ)の影響で苫小牧西港では港内に大きな「うねり」が入り荷役中の長距離フェリーに被害が出たり、一部の船は目的港を苫小牧から室蘭に変更したりと大変な事だったとか。
 しかし、他港の避難港として活用されるとは、船舶が安全に入出港できる余程使い易い安定した港と察する。
新日鐵室蘭事業所が見え、入港支援タグ「とうあ」が待機している(添付P
 
 1715〜バウスラスターが唸り、左舷回頭が始まりいよいよ室蘭港着岸である。
 楽しかったので「あっと言う間」の2泊3日44時間の船旅だった(添付Q
 
 1735定刻室蘭港到着!
 名残惜しいが、皆様にあいさつをして下船する。
 船客は僅かなのであっけなく終了!、長い1バース通路をターミナル待合フロアーに出ると、室蘭港でもオリジナルTシャツなどの記念品を頂いた。
 
 私は徒歩なので、道新の記者が「タクシー呼んだので宜しかったら駅まで送りましょうか?」と誘ってくれたが、まだ船とFTを絡めた薄暮バルブ(添付Rが残っているので「いい記事書いてくださいね!」と挨拶だけして別れた。(この辺が船ヲタたる性か・・・笑い!)
 
 全ての撮影予定が終わった頃には夕闇となり、測量山の送信塔が美しい色彩で光り輝いていた。この照明は室蘭市民の手で守られていて途切れたことは無いそうだ(添付S)。
 
 さて、今回のモニタークルーズは「船ファン的に見ると」何事も順風満帆で大満足!、まさに「伝説に残る航海」になりました。